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はじめまして、ひょい太です。この春からこのサイトを担当させて頂く新人です!尊敬する寅さんのように日本全国を渡り歩き、その地域の魅力を力一杯伝えることを誓います!不慣れな点も多々ありますがみなさんよろしくお願いします。 ひょいとFDA.com 案内人 ひょい太

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ひょいと賢治の花巻便

まず知っておく!花巻のユーモラスおじさん 宮沢賢治のこと

宮沢賢治の大甥・宮澤和樹さんが語る
知られざる宮沢賢治の素顔!

宮沢賢治が残した数々の作品は、「銀河鉄道の夜」や「注文の多い料理店」、「やまなし」……と、普通の童話とは趣きが異なるちょっとエキセントリックなものばかり。賢治自身についても病弱で、口数が少なくて、ちょっと変わり者?なんてイメージがひとり歩きしてしまっているところがあります。そんな賢治は、いったいどのような発想から物語を紡いでいったのか。その源はなんだったのか。賢治の弟・清六さんの孫である宮澤和樹さんは、賢治の本当の姿を知る数少ない身内のひとり。実は、イメージとは真逆の人物だった“花巻のユーモラスおじさん”こと、賢治の素顔をお聞きしました。

林風舎代表 宮沢賢治の大甥・宮澤和樹

賢治さんは、面白くて行動派の人物。
ベートーベンの真似をして写真を撮ったりしていました。

イギリス海岸にて、ベートーベンのまねをしながら

イギリス海岸にて、ベートーベンのまねをしながら

賢治になりきりたい!

賢治さんはいつも冗談を口にする面白い人で、クラシックを聞いたり、チェロやバイオリンを楽しんだりと好奇心旺盛な面を持っていました。手を後ろに組んで、少しうつむいているポーズの有名な写真は、ベートーベンを真似したもの。そんなユーモアを持ち合わせた人物だったのです。そして、とても行動的な人物で、教師時代は現地調査といって学生を連れてよく外に出ていましたし、「雨ニモマケズ」の中では「西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ」と残し、自ら動くことの大切さを記しています。何事に対しても“自ら動く”ということを重んじていたようです。

賢治さんは、物語を通して
日蓮の教えを知ってほしかったんです。

賢治さんの作品は、童話やファンタジーに分類されることもありますが、子ども向けに作品を書いていたわけではありません。賢治さんが作品を通して伝えたかったことは“仏教”の思想です。日蓮の教えを広めるために作品を書き続け、その日蓮に対する尊敬の念がよく現れている作品が「銀河鉄道の夜」。死者を乗せた“銀河鉄道”という列車は、サザンクロスへと向かいます。これは、死者は“ヘブン”へ行くという、キリスト教の教えを表しているのです。カムパネルラをここで降ろさないことで、死んでしまっても終わりではない、という日蓮の教えを伝えたかったのでしょう。賢治さんは、経典を分かりやすく伝えることで、たくさんの人に日蓮の教えを知ってほしいと願っていたのです。

対象14年 教壇に立つ賢治

大正14年 教壇に立つ賢治

物語の中を旅したい!

銀河鉄道に乗りたい!

賢治さんは、言葉を操るアイデアマン
きっと今でも“みんなの幸せ”を願っています。

賢治さんが残した「イーハトーブ」という言葉は、よく“理想郷”という一言でまとめられますが、この言葉にもきちんとした意味があります。賢治さんは、“幸せに生きていくために行動する人がいる世界”のことを「イーハトーブ」と呼んでいます。賢治さんは、物語を通して日蓮の教えを伝えようとしましたが、決してその考えを押し付けるのではなく、それぞれの「イーハトーブ」を見つけてほしいという願いが込められています。その思いをたくさんの人に知ってもらうために、エスペラント語も学びました。賢治さんの作品は読む人の年齢や立場によって、いろいろな解釈ができると思うのです。ぜひもう一度読み返してみてください。“幸せに生きていくため”にしなければならないこと、そして当たり前と思っていたことに感謝する気持ちを思い出させてくれます。

賢治が設計した南斜花壇

賢治が設計した南斜花壇

賢治の「イーハトーブ」を旅したい!

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